お久しぶりです

『人は誰でも、どんな人でも変われる』

あなたは今、社員に対して「なぜ分かってくれないのか」「なぜ期待に応えないのか」と、怒りや虚しさを抱えてはいませんか?

しかし、この物語(実話です)を読めば、その「諦め」こそが、相手の可能性を閉ざしていることに気づかされるはずです。

亀井氏(元刑務官/第42代横浜刑務所長)が出会ったSは、死刑判決を受けた後、護送中に逃亡を図り、警官や看守に襲いかかる、まさに「獣」のような男でした。

誰もが彼を「救いようのない怪物」として扱い、力で押さえ込もうとしました。

しかし亀井氏だけは違いました。彼は、自らの父が遺した「信義を以て人に交わり、隣人をいつくしむ」という教えを胸に、一人の人間としてSに向き合い続けたのです。

亀井氏は毎日、運動時間のわずかな隙間を縫ってSに声をかけました。

「おはよう」という挨拶から始め、地面に指で漢字を書き、命の尊さ、そして「人間という字は、二人の人間が互いに寄り添い、支え合っている形をしている。人は人の間でしか生きられない」ということを説き続けました。

当初は「偽善だ」と吐き捨て、絶食してまで反抗していたSの頑なな心は、亀井氏の「一向に変わらない無償の関心」によって、少しずつ、しかし確実に溶けていきました。

ある時、Sは独房からそっと声を漏らしました。「ごちそうさまでした」。

それは、亀井氏が自分を「凶悪犯」ではなく「教育の対象」として信じ抜いてくれたことへの、生まれて初めての感謝の表明でした。

その後、Sは模範囚となり、自らの罪を悔いて写経に励むまでになりました。

しかし、別れは突然訪れます。

転勤から数年後、亀井氏のもとに届いたのは、Sの死刑執行を知らせる一通の遺書でした。

そこには、かつての凶暴な男が書いたとは思えない、美しく洗練された文字でこう綴られていました。

「毎日、亀井先生に会うのが楽しみでした。夜、部屋でお父さんがいたら、あんな優しいお父さんだったろうかと、生きることの幸せを膨らませていました。先生に出会っていなかったら、私の心は宝を頂いたのに持っていけず、お先に旅立つことをお許しください」

この言葉を読み、亀井氏は人知れず号泣しました。

どんなに絶望的な状況にあっても、「人間の心を持つ限り、何らかの感動、きっかけを掴ませたら必ず立ち直る」。その確信が、亀井氏の生涯の使命となったのです。

経営者の皆様。

部下を「使えない存在」だと切り捨てるのは簡単です。しかし、彼らの心の奥底にある「宝」を見つけ、信じ抜くことができるのは、トップであるあなたしかいません。

「この人は変われる」とあなたが信じること。その一歩が、凍りついた組織を溶かす唯一の光になるのです。 

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