久しぶりの…

歳。多くの人が「もう十分」と思う年齢でありながら、石井誠一さんは今も東京・墨田区で「石井サイクル」の店頭に立ち、自転車を修理しています。

13歳で丁稚奉公に入り、自転車修理一筋90年。戦争を生き抜き、激動の時代をくぐり抜け、そして今もなお、「生涯現役」を体現するその姿には、深い感動と力強いメッセージがあります。

石井さんが語る健康の秘訣は、とてもシンプルです。「コツコツ働き続けること」「毎晩の晩酌」「毎日ニンニクを食べる」「気心知れた人とのカラオケ」、そして「辛抱と笑顔」。

誰もが真似できそうでいて、実際にはなかなかできない。だからこそ、その言葉は重く、私たちの心にまっすぐ響いてきます。

仕事への姿勢もまた、まさに職人の鏡です。石井さんは、お客様からパンク修理を頼まれた際にも、ただ直すだけで終わりません。「なぜパンクしたのか」「空気が足りなかったのではないか」と原因を説明し、再発防止までを丁寧に伝えます。「転ばぬ先の杖」として、すべての修理に心を込めるその姿勢は、どんな時代にも通用する“本物”の仕事の在り方を教えてくれます。

「手抜きは絶対にしない。お客様の命を預かっていると思えば、どんな修理もいい加減にはできないんです。」

この一言に、石井さんの仕事観すべてが凝縮されています。ブレーキの調整ひとつにしても、最後の最後まで気を抜かない。

使う人のことを思い、目に見えないところまで手を入れる。これが本物のプロフェッショナルです。

しかし、そんな石井さんの歩みは決して平坦なものではありませんでした。戦争では中国戦線に送られ、命を落とす仲間も多くいました。「生きるか死ぬかの世界だった」と語る戦場の記憶は、今も深く胸に刻まれています。

そして敗戦後、焼け野原となった広島に帰還し、最初に再会した母親の姿に「縮み上がるほど感動した」と言います。

戦後の混乱の中、いくつかの仕事を経て自転車修理の道へと戻り、昭和31年に石井サイクルを創業。

町に民家が増え、人々の生活が動き出す中で、朝から晩までひたすら自転車を直す日々が始まりました。

「技術は、真似て覚えたことは絶対に忘れない」。かつての職人の教えを忠実に守り続ける石井さん。今や誰もが頼りにする“町の自転車屋さん”ですが、そこには何十年にも渡る“辛抱”の積み重ねがありました。

そして、石井さんが最後に教えてくれたのは、「辛抱」と「笑顔」の大切さです。

「最近の若い人には、辛抱が足りない気がする。辛抱がないと、どんなことも続かないよ」

そう話す石井さんの顔には、穏やかな笑顔が浮かんでいます。人と接するとき、笑顔で声をかけるか、ぶすっとしているか。それだけで人生は大きく変わる——そんな当たり前のようで見落とされがちなことを、103歳の現役職人は教えてくれるのです。

自転車をいじっている時が一番楽しい——。そう言い切れる生き方が、どれほど幸せなものか。

何歳になっても「今が一番幸せ」と言える石井さんの姿は、まさに私たちの目標そのものです。

石井誠一さん。あなたの背中が、今日も私たちの心を照らしています。

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